karada no ichibu

祖母が眼科に行くというので駅までの道のりは久しぶりに祖母と一緒だった。空は高く霞がかっていて昔凧揚げをした正月の空に似ていると思った。少し風が吹いていて私は自分が薄着をしてきたことに少々後悔し始めていた。
やがてバスが来た。
始発のバス停から2つ目なので内部はがらんとしていたけれど程よく暖房が効いていて運転手の機転のよさに感心したりしていた。この季節の駅までの道は高尾という場所柄、色とりどりの紅葉が楽しめる。開けた霊園の背景に広がるいくつもの山の連なりを眺めていた。

ふと祖母の方を見ると窓から差し込む日差しに照らされて祖母の頬が
ぴかぴかと光っていた。年の割りに張りのある血色のいい彼女の肌は
よく磨かれたりんごに似ている。
私は手を伸ばして彼女の頬に触れたい衝動に駆られた。

それを思い出したのはちょうどそのときだった。
おびただしい血痕。血に染まった割烹着。夜になっても帰らない両親。
病院からの電話があって初めて何があったかを知った。
彼女は数年前、脳震盪を起こして頬の骨を折ってしまったのだった。
それ以来彼女の左頬には生理食塩水が入ったバッグが入っている。

私は彼女の頬が美しいと思ったことに対して
弱冠の後ろめたさのようなものを感じた。
同時に思う。もし私が何のことなしに「おばあちゃんのほっぺた綺麗だね」
と言ったとして彼女はそのときのことを思い出すのだろうか。
長くてつらかった、といっていた病院生活を思い出すだろうか。
生理食塩水バッグが自分の顔に入れられていることを思い出すだろうか。
そもそも彼女は食塩水バッグを体内に入れたとき自分の顔が自分でなくなったように思ったのだろうか。私は彼女でないからわからない。
けれども私は彼女に「ほっぺたがきれいだね」と言ってもよかったんじゃないかと思うのだ。そういうことを思い出させてしまうかもしれないけれど。
食塩水バッグが入っているのはまぎれもなく彼女の頬で
綺麗なのは彼女の頬に違いない。

彼女はもともと美人なのだ。
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by eringish | 2004-12-02 02:00 | ワシ的発言  

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