資本社会の終焉

拡大生産を迫られる資本経済は資本となるモノ自体が有限であることから
資本経済そのものも体制的にいずれは終焉を迎えることを
前提としている。
高度成長を遂げた世界が豊かさを維持するためには
新たなシステム構築が求められるはずである。
けれどそのモデルを見出せないまま社会は病理を拡大させつつある。
実はそれこそが資本社会のバランスを保ったまま自己破壊していく
過程なのではないかと思いつつある。

感情の喪失は生産の喪失である。
愛情もなければ友情もない、憎悪もなければ悲しみもないなら
何も守るものはない。
たいていの生産活動は誰かのために行われるものだ。
自分のためかもしれないし家族や恋人や
将来の誰かのためかもしれない。
それでも何かしら守るものがあって
生かさなきゃいけないものがあるから
そのためにここではお金がいるから命をお金で支えている。

それを破壊するシステムが社会病理なんじゃないだろうか。
病んだ社会で人が人を無差別に殺していく。自殺していく。
それが広がってゆっくりと自分のいる環境を汚染していく。
早く次の方法論を考えないと、この「豊かな」国は滅びてしまう。
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by eringish | 2005-12-10 14:27 | ワシ的発言  

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