2009年 06月 05日 ( 1 )

 

「運命に負けないくらい幸せになりなさい」

私はどんなに好きなものでも忘れることには容赦ない。


村上春樹は好きだけどあれやこれや読まない。
『海辺のカフカ』はとってもツボにはまったけど
上下巻だったことくらいしか覚えてないし、
かといってあの量を読み直すような気力もない。

映画は好きだし結構いろんなものを見ている気がする。
でもいざその映画の話になると登場人物の名前すら
覚えていなかったりする。
当然結末はあやふやにしか覚えていないものだ。

幼い頃大好きだったピアノだって
ある日目覚めたら譜面の読み方をきれいさっぱり忘れていて
突然弾けなくなってしまったりしていた。

こんなヘタレ精神溢れるザルな脳みその私が唯一と言ってもいいくらい
何度も読み返している本がある。

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『運命のタロットシリーズ第13巻 -女教皇は未来を示す-』
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  「運命に負けないくらい幸せになりなさい」 
      この一言の意味の確認のために。


 13,14歳のころ、多くの者がそうであったように私もまた運命を信じていた。
 ちょうどテレビや本に出てくる登場人物みたいに、この先の物語はあらかじめもう全て決められていて、私の意志の入り込む隙なんて1ミリたりともないのではないか、
私の人生だと思っているこのおはなしの裏にはゴーストライターがいて、私が自分だと思っている
人間も、もしかしたら単なるあやつり人形にすぎないのではないか、と。

そんなことを思いつつ、漠然と腑に落ちない思春期を過ごしていたところに
この本との出会いがあった。

 そのころ少女小説の代名詞だったティーンズハート、背表紙はピンク、
表紙は少女マンガばりのポップな文庫本。そんな外見とうって変わって
シリーズ後半からどこをどう間違えたのか、恐ろしくSFになっていく物語の展開に、
読んでそのまま衝撃を受けた。


 まず、この話の根幹をなしているのは運命の決定論と非決定論の争いである。
本題の前にこの説明からしておくべきだろう。

 決定論はニュートン力学の考え方で、運命はあらかじめ決まっているのだ、とする考え方。
すべては「重さ」「速さ」「温度」「気分」などの要素によって力学的に計算されていて、
人々はその計算式に沿って予定通りの行動をしているだけなのだと考える。
この考え方では最終的に人間の意志は存在しない。
どんなに自分の意志だと思っていても、あるのは運命だけなのだ。
これを受けて19世紀の数学者ラプラスは
「あらゆる素粒子の運動を正確に知ることができたなら、この世界の運命を
はじめから終わりまで知ることができる」と、俗に"ラプラスの悪魔"と呼ばれる有名な言葉を残した。
 
 この運命決定論をくつがえしたのが20世紀にハイゼンベルクが発見した量子力学の世界観だ。
彼は粒子の運動量と位置を同時に正確には測ることができない事実を証明した。
つまり、ミクロの世界ではニュートン力学では解明できないのだ。
これを不確定性原理という。これによりラプラスの悪魔は退治され、
ニュートン的決定論が絶対ではないとする論拠が成立した。
量子力学的世界では人間が意志を持つことが肯定される。
運命は、人間が意志をもって作り出しているものなのだ。


さて、この物語の世界では運命はあらかじめ決められていて、
「アカシック・レコード」というものに記されている。
そして、登場人物たちはこの記された運命を「改変」しようとする陣営と
記された運命に忠実に従おうとする陣営の2つに分かれて現在・過去・未来で戦いを
繰り広げるのだ。
ちなみに戦っているのは「運命のタロット」というタロットに宿った精霊、という設定がある。
この辺はいかにも少女小説らしい設定だ。

主人公はティータンズと呼ばれる運命に従う陣営に属する女の子。
「改変」を目指すプロメテウス陣営から殺されそうになったり、
地球を滅ぼされそうになったりする。
そのたびに戦い、「正しい」歴史を守ろうと必死になる。
シリーズ前編では「改変」を企むプロメテウスは主人公目線で描かれており、
「悪」の存在として登場することが多い。
しかしシリーズ後半では、そう思ってきた主人公自身が揺るぎ始める。
この歴史は本当にこれでいいのだろうか、と。

ある日ある出来事の「改変」をかけてプロメテウスの陣営が主人公に戦いを挑んでくる。
正しい歴史を守り通せれば主人公の勝ち、
未来を変えることが出来れば相手の勝ちだ。
その出来事とは、クラスメイトの自殺だった。

結局勝負は主人公の勝ちとなった。
「こんな勝ちならいらない…」
主人公はつぶやく。
そんな主人公に勝負の相手方≪女帝≫は言う。
「幸せになりなさい」
「運命に負けないくらいに幸せになりなさい。この運命がきまっていたといわれて、
嫌だと思うなら、絶対に負けないように幸せになるのよ。
たとえ他人から運命だといわれても、これは自分の選んだものだといえるくらいに
絶対に幸せになるという意志をもって生きるのよ」
と。

結局、運命に従うのも運命に抗うのも、それは手段にすぎないのだ。
≪女帝≫は暗に示す。幸せになるために歴史を守るのも、
幸せになるために歴史を変えるのも、たまたまその二つの間に線が
ひかれているだけで、本質的には両者は同じ幸せという方向を向いているのだ、と。

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この本を読むと年齢とともに見えなかった部分がだんだんと
見えてくるような気がして毎回新鮮な気持ちになる。
細部まで設定が作りこまれているので独特の世界観に浸れる。

ちなみに第1部の運命のタロットシリーズは全13巻、
その後第2部で真・運命のタロットシリーズ全11巻。
全部出るまでに12年を費やした超ロングタームな作品。
第2部の真・運命のタロットシリーズは虚数意識論と相対性理論がコラボします。
正直なぜティーンズハートからこれを出してしまったのか、理解に苦しみます。
そして予想通り廃刊になり、復刊を求める声が結構多いという。
まぁ、アマゾンとかなら売ってるけどね。
買っておいてよかった。

長くなりましたが、いい作品です。
SF好きにお勧め。
読みたい人は図書館にならあるはずです。
探してみましょう。

ちなみにはじめの数巻は普通にハートマークとかが文中に出てくるような
スウィートな少女小説なので覚悟しておいたほうがよいでしょう。
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by eringish | 2009-06-05 02:11 | 映画/小説/漫画  

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