カテゴリ:ワシ的発言( 143 )

 

久しぶりの投稿

何年ぶりの投稿になるのかわかりませんが、
2014年の私の誕生日に匠と入籍し、海の近くへ引っ越し、今年の8月に結婚式をしました。
最初は結婚式に対してかなり消極的な二人でしたが、式が近づくにつれて
ふたりで演出を考えたり準備を進めていくうちに気持ちも盛り上がり、
当日は素敵な友人たちにたくさん祝福してもらえて、結婚式っていいもんだなぁと
すっかり価値観が変わってしまったのでした。

そして、結婚式から4日が経過し、すっかり日常生活に戻ったころ、
わたくしの貧乳が少し存在感を増していました。
そういえば式のとき、ドレスが前撮りのときよりもかなりきつかったし
胃もたれ的な症状もあったし…
これはひょっとすると…
テストキットを買ってきてこっそり検査。
よ、陽性ではないですか。

少し長くなりそうなので、こちらは次の記事に。
そんなこんなで2014年から2015年にかけてはライフステージが
目まぐるしく変わる年になるのでした。
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by eringish | 2015-09-19 13:42 | ワシ的発言  

親不孝

久々の投稿。
親を泣かせるようなことをしてしまいました。
親だけじゃなくて、信頼してくれてた大好きな人たちみんなを。
だけど、あたしは自分の一番納得できる選択をします。
それがたとえ人の道に反していると言われたとしても。

将来一番愛する存在から無責任だって言われる可能性に怯えて暮らすくらいなら
今この状況で無責任さを懺悔して痛みを味わったほうが何倍もまし。
常識とかモラルとか、かざせば分かりやすいし簡単だけど、
それが必ずしも最適な判断だとは私は思いません。

価値基準は自分が決めるものなんです。
でも本当は傷つく人が一人でも少ないことを祈ってはいるんだけれど。
傷つけた人たちに、報いることも考えなくては。
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by eringish | 2011-02-03 23:53 | ワシ的発言  

センターキャンプ指導員デビュー

派手に失敗した仕事はその後、相手の人に尻拭いをしてもらった上、
激励の言葉をいただき、「不問にしましょう」と言っていただくことで
一応の解決となりました。



今回のことがあって、自分がやりたいと思っていた青年リーダー育成の
企画を実行に移すには、まだまだ自分の経験が全然足りないことにようやく気づきました。
運よく実行に移せる運びになったとしても、
今回と似たような失敗をしてしまう可能性が大きいです。
自分が今の部署にいるうちに確立しておきたい企画だったけど、
いいものをつくるには時間をかけることも必要なときもあるのかもしれない。



そこで、今年の夏から始めました、20年前から約10年間毎年参加した
NPO法人少年少女センター主催「センターキャンプ」。
東京都内各地の少年団(小中学生とその指導員(高校生以上30歳くらいまで)からなる)
が長野県戸狩村とんだいら高原に一同に介して行う大規模キャンプのことだけど、
これに初めて指導員の立場で参加することにしました。

子どもの立場では何度も参加したけど、指導員さんは班の雰囲気作りをしたり、
夜中にトイレに連れて行ったり、全体を把握したり、と
とにかく大変そうな印象ばっかりがあって、
高校生になってからは参加しないまま年月がすぎ。



そして今たまたま自分の経験してきたことが
知識としていかせるような仕事場にいて、
身につけたい視点がこのキャンプリーダーをすることで
かなり得られそうな予感。

しかも、10年ぶりのセンターキャンプ。
子どもが自治をして自分の村(=少年団)の
晩ごはんを決めたり、大キャンプファイヤーのスタンツを考えたり。

子どもが自分の意見を言える場ってほんとに限られていて、
しかもそれを実現できるチャンスなんてほとんどない中で、
企画・運営・参加を自分たちで決められるっていう経験は
今になっても忘れられない思い出。

全体のテーマソングは各村からギターの弾ける指導員が作って持ち寄り、
子どもたちの投票によってその年のテーマソングが決まる。
CDも何もないけど、テーマソングは歌れ継がれ、みんなの歌になっていく。
あの一体感はなんともいえない快感なんだ。



仕事のスキルアップという口実もありつつ、
久々のキャンプに参加したいという素直な欲求もあり。
でも、指導員を1日体験したけど、超体力がいる役割だし、
こどもにただ好かれればいいってもんでもないから
(悪いことしたりしたらやっぱり叱ったり説得したりする必要もあるので)
少し距離をとりつつ信頼関係も作っていくのが望ましい。


指導員の役割はあくまでこのキャンプを子どもが安全に楽しく過ごせるための
環境づくりなので、これを抜きにしてキャンプを楽しむだけ、
とかになってしまったら本末転倒になってしまうと思うから。
なのでこれから8月にかけて、少年団の指導員として活動していきたいと思います。
子どもにはおばちゃん扱いされたけど、頑張るぞー!
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by eringish | 2010-07-12 23:05 | ワシ的発言  

ダークサイドの淵にとどまる

引き継いだ仕事にちょっとしたミスがあり、
上司と取引先に謝りに行くことになった。
謝りに行くことなんて前の会社ではざらだったから、
前任者のケアレスミスなので自分の直接のミスではないにしろ、
別にこれくらい謝ってすむならいいやと思っていたら、
係長の機嫌がすこぶる悪い。
謝りに行くのは何がなんでも屈辱的で耐えられないことみたいだ。

たいしたことないや、とヘラヘラしてたら
上司の目が「何ヘラヘラしてるんだ、ちょっとは反省しろ」
と言わんばかりに冷ややかな視線を送っている。
「関係ないや」と思いつつもだんだん元気がなくなっていく。
「そうだ、前任者との引き継ぎのとき充分確認しなかった自分が悪いんだ」
「取引先に謝りに行ったら、自分が全部矢面にたって説明すべきだろう、
何と言って謝ったらいいのか」
だんだん自分の頭の中が言葉に窮して呆然としている自分の姿で一杯になる。
心の奥の方から何とも言えない焦燥感と不安が頭をもたげてきて、
頭の中では「このまま鬱になるのではないか、
そうしたらもう二度とこの状態まで戻れないのでは」
という絶望的な焦りが高まってくる。

しかし、そこで自分を客観的に見てみると、
係長の外圧とも言える「お前は今こういう心境になるべきなのだ」
という枠組みに自分を当てはめようとして
「こんないつでも楽しさ100%の自分でいることは不謹慎でよくないことなのだ、
自分のせいで他人を不愉快にしているのだ」と自分を否定するようになる。
この「今こう感じるべき」という力、きっとそれを「場の空気」と言うのだろうが、
に強く反応しすぎてしまうがゆえに自分はわけのわからない絶望と不安感、
空虚感、ひいては「今あるべきと考える自己像と本来表現したい自己像」
との離脱感を感じてしまうのではないだろうか。

だから、回りの空気が自分に反省や落胆を期待するものである場合には、
違和感をあまり突き詰めて考えない方がいいのかもしれない。
必要以上の自罰感は解離を招く。
失敗に対する改善策こそ練れど、失敗した自分の存在や
チャレンジ自体を否定することは不毛であり、
たとえそう振舞うことで周囲からの同情や慰めが得られたとしても、
費用対効果で考えると落ち込むことで失うものの方がはるかに大きい。

自分は自分でいい、自分の感情は誰が咎めたとしても理にかなうものだ、
と言ってしまうべきなのだ。
そのためには日頃から自分の尺度を信じられるように
自分なりの正義にしたがって生きるように心がけることが大切だ。
自分の良心を育て、背かずに生きることこそ
「自分の行動に責任を持つ」ことであり、
そうした以上は自分を否定する必要はないと考える。

善悪を決めるのは自分だが、その基準は
「他人を全面的には否定しないまでも自分がされたら不快かどうか」
という可変的なものである。
深く考え込むことなくこのモノサシを使えるようになるまで
人を傷つけて自分も刺し違えたり、他人のモノサシばかり正しく見えて
自暴自棄になったりもしたけれど、現在の自分には息をする如く
このラインを見極めることができる。

きっと未来の私には自分のモノサシが見えなくなるときもあるだろうけど、
必ず持っていることだけ信じていてほしいと思う。
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by eringish | 2010-06-30 23:38 | ワシ的発言  

近況

ウルトラS級な日々が続いている。
6月4日を境に一度も離人感、病的不安感のないHappyすぎる日常を送っている。

このごろやったこと

<少年団の指導員になる>
小中学生時代にお世話になった少年団のプレイリーダーさん(当時大学生)が
今もまだ同じ少年団でプレイリーダーをし続けているのを偶然ネットで知り、連絡を取る。
⇒NPO東京少年少女センター主催のセンターキャンプに指導員として参加することに。
 7月11日運命の再会予定。

<ダンススタジオを決める>
6月に入ってから3軒訪問、見学。そのうち町田にあるスタジオが気に入り、体験。
レベル的にもちょうどよかったので入会する。月4から始めることに。

<MOTHER2話分消化>
最終回をようやく見る。ラストで近所がロケ地だったのでそっちに気がとられて
内容がよくわからなくなってしまった。

<HEAVEN'S HELL購入>
2年間悩んだ末にCoccoのゴミゼロ大作戦のDVDを買う。
自分のゴミゼロ(=地元を愛する方法とそれを広げていくための方法)について考える。

とりあえず、順風満帆。
あと3ヶ月はいけそうだ。
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by eringish | 2010-06-29 23:14 | ワシ的発言  

晴れて公務員の身分に。

はい。鬱々としていたわけですが。
エイプリルフールの昨日、晴れて公務員の身分を頂戴してまいりました。
うそだと思われると癪なので、あえて2日の日記に書いてみました。
あ、もちろん後づけですけど。

人と話すことにコンプレックスを感じちゃう場面が最近多かったのですが。
先入観を持っていない分初めて会う人や知り合って間もない人との会話は大好きなので
大変楽しく入庁式、研修に参加しています。
自分の感情の起伏が激しすぎてしんどいこともあるのですが、
なんとなくやっと自分のメカニズムが分かってきたような気がしてうれしく思います。
あと何日間か全体研修が続きますが、終わる頃には気分もすっきりしてるんじゃないかな。

こんな自己満足の充足のために研修を受けたら職務専念違反かなー

来週の金曜日に飲み会がなければみのりとご飯に行くぞー
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by eringish | 2010-04-02 20:58 | ワシ的発言  

何でなんだろうか

今までできていたことが突然できなくなるというのはどうしてなんだろう。
いつもそうだ。
いつもそうだからってこの先がそうだとは限らないけど、不安になる。
本当にコントロールができない。
自分でも安定していると実感できるときには周囲からも信頼してもらえて、
プロジェクトリーダー的な存在になれるんだけれど、
ある日目覚めて、ざわざわそわそわしてたりして、その上どんより曇っていたりなんかすると
昨日までの自分が信用できなくなって、今まで起きていたことも他人の生活に思えて、
会う人会う人ほぼ初対面の感覚に戻ってしまうから台無し。
ああ、どうにかなるのか?本当にどうにかなるのか?
これが一般的なアイデンティティクライシスか?

泣き言言ってる場合じゃないんだ。仕事をしなくては。働かなくては。
だけど、一言一言自分の発する言葉が不自然じゃないかどうかばかり気になって
内容どころじゃないんだ。


自分の感情の全てが信用ならない。
演技をしているのであればそれはそれでいいんだが、
この演技にもならないわけのわからなさは何なんだ。
偏頭痛とめまいがひどくて起き上がれない。
願わくば、目が覚めたら万能モードになっていたらと思う。
なぜ同じ人物でここまで能力に乖離が生じるのか、現代科学はもっと論じていてもいいと思う。
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by eringish | 2010-03-30 01:36 | ワシ的発言  

ややダウナー

雨降りだからか、やることがないからか
なんか頭が冬眠状態。何も考えられないなーということをずっと考えていて不毛だ。
くらくら目眩がしてちょっと船酔いみたいだ。
先週金曜日にTSUTAYAで借りてきたみまいちゃんおすすめのINTO THE WILDを見て、
消化不良になる。


本を愛する将来有望な青年が、自身の出生の秘密に嘘をつき続ける両親への失望感と物質社会への嫌悪感から
アラスカの大地で生きている感覚を満喫するためにバックパックを背負っていろんな人と交流していく話。
旅が進むごとに主人公がだんだん生き生きとしてきて、出会った人たちに大きな影響を
与えていく。それでも主人公は彼らにさえ小さな違和感を感じて、幾度もの別れを繰り返す。
アラスカに行って荒野でただ「生きる」ことに専念すれば本当に大切なものが分かるはずだと信じて
青年は北を目指す。
んで最後の最後で喜びを再び人と分かち合いたいと思って帰ろうと思った頃には、信じていた自然に裏切られて、
というか自爆して、孤独のままに、しかし自分が幸せだったことを再認識しながら死んでゆく。
なんというか、不思議な感覚の映画。
愉快な話でもないけれど、絶望的でもない。なんか、無味無臭なのにインパクトがあるというか。

うまく噛み砕けない。

あとブタがいた教室とヘブンズ・ドアが残ってるけどどっちの方が面白いのかな。
勧善懲悪のアメリカ映画は好みじゃないけど、問題提起だけして終わってしまう映画も苦手だなぁ。

本も全部読んでしまったのでこの長雨で軟禁状態だとつまらない。
つまらないよーーーーーー
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by eringish | 2010-03-24 14:15 | ワシ的発言  

自分観察

今日はとてもニュートラルな日。
とくに何も考えることがなくて頭の中から不用品が撤去されているような。
身体にまだ現実感がやや戻らないので、力の入れ具合がちょっと変。
遠い昔、運動会やなんかのリレーで、意気込んで走るくせに脚にまったく力が入っている実感がない感覚があったけど、まさにそんな感じ。
ひょこひょこひょこひょこ歩きながら、なんとなく春の空気の一部になれているような、
奇妙な感覚です。
まぁ。悪くない。穏やかにすごせるのが超幸せ。
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by eringish | 2010-03-23 14:01 | ワシ的発言  

離人症回復中!

1月中旬からずっと自分じゃない気がしていたんだけれど、
今やっとコツみたいなものをつかみかけている!
なんとかこっち側に戻ってくることができたようだ!
花も空も大好きな人たちもちゃんと自分の近くに感じられるのがとってもうれしい。
ちゃんと楽しい気持ちもうれしい気持ちもイライラも悲しい気持ちも自分の中にあって、
ああ、自分はちゃんと自分だったんだと感じられる。
何よりも思考がまともだ。


離人症に関して触れることもその感覚を思い出してしまって怖いくらいだけれど、
最終的にこの部分も受け入れられるようにならないと完治したとはいえないかもしれない。
なので、以下は私の個人的な離人症の症状とそこからの回復について書き留めておきたいと思う。
読むことで気持ちが引っ張られてしまいそうな人はやめたほうがいいかもしれない。


離人症で一番気持ち悪いのが、自分が自分の副操縦士みたいな感覚になっていること。
パイロットがどこかに行ってしまって、無理やり自分を操縦しなきゃいけないモードになっている感じ。
自分が誰なのかは分かるし、今までどんなことをしてきた人物なのかも分かるけれど、
自分の性格についてのイメージがすっぽり抜け落ちてしまったかのような感覚に襲われる。
いや、思い出の中から自分のおおよその性格をつかむことはできるんだけれど、それを再現することができないのだ。巨大な人形を小さな部屋にいる自分が操っている感覚。
とくに右の脳みそに本当の自分が閉じ込められているような気が個人的にはしていた。

あとは感情が混乱して分からなくなる。
何も感じなくなる。分かるのは孤独感だけ。
まるで宇宙人になったかのように他人の話している言葉にリアリティが感じられない。
だけど、まともに生活するには会話での感情フィードバック、いわゆるリアクションが必要不可欠なわけで。
それを過去の体験に照らし合わせて、今自分が何を感じるべきか、どう振舞うべきかを
人の話を聞きながら瞬時に考えて、表情に落とし込む。
だけどそれは所詮作り物の表情であって、
自分が他の人にちゃんとまともに映っているかどうか、気が気じゃない。
起きてから寝るまで、普通に振舞うにはどうすればいいのか考えてしまう。
そして、感情を作って表出するたびにひどい頭痛と目眩と吐き気に襲われて、
日常生活が毎日不安だった。

感じられるものならちゃんと感情を感じたい。
でもそれが叶わないから、仕方なく付け焼刃の茶番で取り繕うんだけど、
あらゆる人をだましている気がして、みんなに嘘をついているような気がして、
それからみんなが自分を見抜きながらこの茶番に付き合ってくれているような気がして、
やりきれないくらい情けないやら申し訳ないやら、惨めな気分になる。

それに友人、家族、恋人でさえ、突然知り合って間もないくらいの知人にしか感じられない。
自分の家族であることや恋人であること、名前や趣味などは分かっているんだけれど、
性格としての人物像がまるっきりイメージできなくなる。
例えば、こんなことを言ったらこの人はこういうリアクションをする、とか、喜ぶ、とか。
そういう愛情とか親しさの根底を流れているような経験が全て剥奪されている状態になる。
だから、そんな愛すべき人たちにも仕方なく、頭の右上の住民が考え抜いた感情や表情を見せるより他なかった。どんなに愛されても愛情を欺いている気がして、全ての人を裏切って生きているようにしか感じられなかった。
この症状が強く出ると、誰にも会いたくない日が続くようになる。

誰に相談しても気のせいとか、考えすぎとか、その程度で、自分も言葉で伝えることが難しいし
とっても感覚的なことだから、きっと誰もわかってくれないんだろうなぁと自暴自棄になっていた。

得意である書くことですら、思考が支離滅裂ではままならなくて、
どこにも自分の感情がない、見つからないことの不安と恐怖で押しつぶされそう、
狂ってしまいそうになっていた。

解離が起きていると言われて、初めて自分に何が起きているのかが分かって、
離人症なる症状についても勉強する機会があった。それまで自分には別にトラウマなんてないし、
そんなドラマに出てくるような病気には無関係だろうと思っていたんだけれど、
どうやらそうなのであった。
しかもかれこれ10年弱の間そんな状態になったり治ったりを繰り返していたようなのだった。
以前このブログで取り上げたジャメヴも離人症の一種の症状だったらしい。

自分の状態を自覚したことで症状をかなり軽減することができたような気がする。
自分の症状はそこまで重症なケースではなかったためだと思うけれど。
自分は自分じゃない感じがするけれど、ここにいるのは自分でしかない(すごいややこしいけど)
と思うこと。それから、もともとの自分のパーソナリティに戻ることは出来ないかもしれないけれど、今ある自分からもとのパーソナリティに近づくように育てていけばいいじゃないか、
と思う気持ちを強く持ったこと。
そして、自分はここにいる自分一人なんだ、と思うこと。
この「単なる気の持ちよう」でほぼ完治したと思われる。

もちろん、以前1年近く回復していても突然症状が出たりすることもあったから、
今度もいつぶり返してしまうかとか不安は絶えないけれど、
自分をもとの器に戻すコツがみつかったのはとても安心材料になることだと思う。

わざわざこのブログに書くほどのことでもないかもしれなけれど、
自分と似たような症状がある人にとって、この症状は治るし、
自分みたいな生き方もあるんだと思ってもらえたら少しでも救いになるんじゃないかなと思って
記録的に残しておきます。
まだちょっと文章が以前のレベルで書ける状態ではないみたいなのですが、今でないとリアルに離人している感覚を書き表せないような気がしたので。

これから先も何があるかわからないけど、
少なくともこんなすがすがしく自分自身でいられる日々が未来にあるのなら
ダイナミックに世界と触れられるのであれば、
人生捨てたもんじゃないと思いました。
まだまだあたしはこれからでも楽しめるぞ!
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by eringish | 2010-03-23 00:05 | ワシ的発言  

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